「音楽美学」を読む【18】「火車」宮部みゆきとザ・バンド





浦沢 直樹


20世紀少年―本格科学冒険漫画 (20)







石川 一


拾玉集本文整定稿







宮部 みゆき


火車







宮部 みゆき, Alfred Birnbaum


火車―All she was worth







ザ・バンド


ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク







ボブ・ディラン, 中川 五郎


ボブ・ディラン全詩集 1962-2001







鈴木 靖, 當摩 祐子


個人情報保護の実務と漏洩防止策のすべて







北野 晴人


ひとごとではないデータベース情報の漏洩防止―事件簿から学ぶセキュリティ対策




【送料無料】ブラジャーの進化!!1枚のブラジャーが様々なシーンで大活躍 @Time-Bra(アットタ...







エドワード ファウラー, Edward Fowler, 川島 めぐみ


山谷ブルース







高森 朝雄, ちば てつや


あしたのジョー 全12巻セット 講談社漫画文庫







ノルベルト ボッビオ, Norberto Bobbio, 中村 勝己


光はトリノより―イタリア現代精神史

 仕事は悲しいほどに忙しいのだが、ひとつひとつ最善を尽くしつつ、傍で忘年会を続けている。家庭を持つと望む望まずにかかわらず、”縁”というものがある。近所の次男の友人の父親KT氏と、今日は長男の友人YG君の母親と飲んで、騒いでいる。女房から「あんたは生まれついてのケンカ狂」と言われたことがある。確かにそうだ。このブログとか先のブログとかお付き合い頂いている皆さんならご存知だろう。私は議論好きだ。考えることが好きだ。脳をグチャグチャにされることが好きだ。自分の考えを述べるのが好きだ。我田引水させていただけるならば、「ソクラテスの弁明」行為は、こういった行為以外の何物でもないと考えている。




 「こいつ何で”ともだち”なんだ? オレの”ともだち”じゃねぇし(笑)」。部屋に転がっている浦沢直樹氏著「20世紀少年」をパラパラと読んで、長男の友人YG君が喋っている。漫画の読者ならご存知で「何を今更」という話だが、初めて読んだコドモのこういった反応って非常にオモロイ。で、彼に1巻から読むことを薦めたのであるが、5巻ほどまで読み終えた彼から「なんで、”ともだち”は細菌を撒いて世界を滅ぼそうとするのか?」 と聞かれてちょっと答えに詰まる。




 「オウム事件って知らない? サリンを撒いて人々を殺そうとした」と聞いて、長男を含む子供たちが全く知らないことにちょっとびっくりする。「え? 学校で教わらなかった?」と愚問する私。そりゃ、教えないだろうなぁ、教わらないだろうなぁ、まだ一応、未解決の事件だし。でも解決するんか? 知らないだろうなぁ。彼らが3歳ごろの事件だし。あれは所謂”タブー”の一つだ。細菌を撒いてヒトを殺す。「20世紀少年」で語られている「ケンヂ一派の事件」そのものになっている「地下鉄サリン事件」に再度、戦慄する。でも、教えなきゃならないだろう。




 「ヒトってのは、自分の主義主張が”正しい”と信じ込んでしまうと、それを認めない他人を許せなくなってしまう。そして、彼らを消去すればよい、と考えるようになってしまう。”正しい”とは何か? この漫画は、君たちと同じような昔(1960年代)の子供たちが、『正しい(=正義)』と信じていた世界が(ケータイ電話のように)意外と身近な科学として実現されてしまった時代における、『悪』を細菌兵器で殺してしまおうとする、元子供達の姿を描いている。そういう宗教団体、事件が1995年、現実にあった。考えて欲しいのは、何故そんな宗教団体に『フツーの人々が参加していったか?』ということだ。それは教祖が簡単に「世界」を解釈する手引きを与えてくれてるからだ。

  • ”正しい”と信じ込まず、決して「猜疑心」「自信が無い」というものでない、常に自分の価値観・思想を疑う姿勢を続ける(ヘーゲル的な哲学的闘争)ことの大切さ
  • 任意の”他者”を消去することは、任意の”主体”(=自分)を殺すことと同義であること



 」以上を一生懸命説明した。




 自分の馬鹿さ加減をさらけ出すような解釈かもしれない。だが、こうとしか私は言えなかった。我田引水で自分を慰めるならば、「野ブタ。をプロデュース」で小谷信子(堀北真希)が自分を虐める同級生を一旦「消えろ」と思ったがギリギリのところで「消えないでください」と祈る。ポスト・オウム時代の私たちは常に「消す/消さない」という線引きの元に闘っているのかもしれない。他者も、自分も、消したらダメだ。私たちが生きる世界を、そんな世界にするか否かは、私たちの世界=人間関係の捉え方次第だ。




 しかし、「学校教育では教えてくれないこと」ってどれだけあるのだろう? で、一昨昨日から続く宮部みゆき著「火車」の話だ。

  • クレジット・ローン・消費者金融が支える消費社会と自己破産
  • 個人情報データベースと情報漏洩、個人情報の授受
  • 失業(山谷泪橋も登場)と現代的金欠
  • 潤いとしての消費、「せめて下着だけでも」とブラジャー、ランジェリーを通販で買うOL達
  • 崩壊する家族



 未だに色あせない極めて現代的な上記5問題を柱としつつ現代を見事に描いたこの小説は、平成五年(1993年)、第6回山本周五郎賞に輝いた。これらの主題の基調として1つの唄が流れる。拾玉集の古歌だ。

火車
今日は我が門を
遣り過ぎて
哀れ何処へ
巡りゆくらむ



 宮部みゆき氏は小説冒頭にて

 火車【かしゃ】 火がもえている車。生前に悪事をした亡者をのせて地獄に運ぶという。ひのくるま

 と注釈を入れている。これは仏教に由来する日本平安時代に成立した言葉で、「経済状態が非常に苦しく生活に追われること」を差す。このサイトの研究などが大変参考になる。ともあれ、上記5主題の結合・回転の動力を「火車」と捉え、その経済的側面、運命論的側面を見事に描く宮部氏の想像力に感嘆する。




 ザ・バンド(the Band)とボブ・ディランBob Dylan)の「火の車(This Wheel's on Fire)」は同じことを描いているような気がする。ニセ関根彰子に逃げられた本間俊介の妻の従兄弟、栗坂和也、そして伊勢の倉田康司は、きっと歌うだろう。作詞・作曲は、ボブ・ディランBob Dylan)&リック・ダンコ(Rick Danko)。これはまた、「トニックマイナーとサブドミナントマイナーを巡る世界」でもありかつ、「同主調転調」のサンプルでもある。和也と倉田は歌うだろう、こんなふうに。




【A】

もし彰子が 覚えているなら、 レースの下着を 差し押さえる
権利は僕にあった。
|4/4 Am |Am |Bm7b5 |Bm7b5|
それを水夫結びにして、 彰子の箱に
隠すべきだった。
もしそれが本当に 彰子のものだったなら。
|E7 |E7 |F-Dm |Am|


 コード進行は、


Im-IIm7b5-V7-bVI-IVm-Im


 V7ドミナント以外は全てマイナートニック(Im)と、サブドミナントマイナー(IIm7b5、bVI、IVm)。




【B】
でもそれは 非常に 微妙な問題で わけがわからなかった。
|C |Am |C |Am|
だが、僕らはもう一度 会うはずだった、 彰子の記憶が 確かなら。
|C |Am |F-Dm |Am|


 コード進行は、


bIII-Im-bIII-Im-bIII-Im-bVI-IVm-Im


 マイナートニック(Im、bIII)と、サブドミナントマイナー(bVI、IVm)だけ。




【C】
この火車 燃えながら、 坂道を転がって 落ちていく
|Dm |F |C |G7 |G7|
緊急連絡先に 電話してください、 この火車 爆発寸前だと!
|C-G7 |F-C |F-G7 |A |A|


 コード進行は、


IVm-bVI-bIII-bVII7


bIII-bVII7-bVI-bIII-bVI-bVII-I


 1->5小説、サブドミナントマイナー(IVm、bVI、bVII7)にトニックマイナー(bIII)を一部交えたのち、トニックマイナー(bIII)→サブドミナントマイナー(bVII7、bVI)を経てトニックマイナー(bIII)に戻り、

で解決。最後のトニックは同主調転調だ。




 私の手による歌詞2番の全くの意訳であるが、歌詞全文は、コチラで参照ください。宮部の小説を読んだディランが書いたような詩だが(笑)、どちらが後先の問題ではなく、「火の車」という言葉を巡る全世界的な奇妙な意思一致を私たちは感じるべきだろう。




 学校が教えてくれない市民社会と、ソレを回す様々な歯車、生み出す火車ヘーゲルマルクスが描く「政治的市民社会」は遠く、「脱政治的・経済的市民社会」、非国家的・非経済的な結合関係であるアソシエーションを現代の「市民社会」と見なすのは、イタリアの思想家、グラムシとボッビオだ。宮部みゆき氏の描く上記5関係(「ローン」「個人情報」「山谷」「ランジェリー通販」「家族」)も、古典的マルクス主義からは多分漏れてしまう概念で、後者に属するものだ。先週、新宿ゴールデン街”じゃこばん”で飲んだとき、「現代思想とは何か?」という話の流れで「ボッビオ」というイタリアの思想家の名前を聞いてほんのちょっと勉強した。日教組は前者の「市民社会」を描けたかもしれない。現代の「市民社会」を教えていくのは、誰だ?




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