「音楽美学」を読む【19】フィル・マンザネラ「ダイヤモンド・ヘッド





Phil Manzanera


Diamond Head

 私が未だに愛している坂元輝氏&菅原秀氏共著「ポピュラー&ジャズ実用用語辞典」。コード進行に関して、かつて引用したこの例え話は非常によくできていると思う。

▼ケーデンス
 cadence

 終止形。コードを機能別に分けると、トニック、ドミナントサブドミナント、さらにジャズではサブドミナント・マイナーというのがある。この中で、トニックが一番お金持ちで生活が安定している。トニックさん以外は不安定な生活(まるでシューさんみたい※1)で、いつかは小さなマイホームを手に入れ安定した生活をしたいと望んでいる。それらの貧しい人々が一生懸命に働いて、やっとマイホームを手にした時点でトニック(安定した生活)になる。これを終止形という。

1) ドミナント(D)→トニック(T)
2) サブドミナント(S)→トニック(T)
3) サブドミナント・マイナー(Sm)→トニック(T)

 これを基本的なコード進行で表すと次のようになる。

1) V7-I, G7-C(この例はキー・Cの場合。以下同じ)
2) IV-I, F-C
3) IVm-I, Fm-C

 さらに次のような場合も考えられる。

4) S→D→T, つまりIV-V7-I, F-G7-C
5) S→Sm→T、つまりIV-IVm-I, F-Fm-C
6) Sm→D→T、つまりIVm-V7-I, Fm-G7-C
7) S→Sm→D→T、つまりIV-IVm-V7-I, F-Fm-G7-C

 以上のような場合をどのように解決すればよいかというと、たとえば(4)の場合、Sという仕事をしていたがどうもうまくいかない。そこでDという仕事に変えてみた。そうしたら成功して家が建った(T)。そんなふうに考えればいいと思う。
 要するにケーデンス(終止形)とは、貧しい人々(D,S,Sm)がいろいろな苦労をして安定した生活(T)を送るまでの短くむなしい人生である。

(坂本輝+菅原秀共著「ポピュラー&ジャズ実用用語辞典」42ページ)

 最近私がハマっている宮部みゆきが描く世界と重ね合わせて、「理由」ならば、石田直澄氏の「マイホーム=財産(=T)」に向かうコード進行を、「火車」ならば、新城喬子嬢の、「親の借金を清算すること=自分の出自を消去すること(=T)」に向かうコード進行を、「R.P.G」なら一美のケーデンスを考えてみる。どれも解決しない曲なのかもしれないが。




 純正「トニックとサブドミナントマイナー」だけの世界を暫く追いつづけてきたが、今日は一息入れて、トニック、ドミナントサブドミナントサブドミナントマイナーが均等に使われるパターンを研究してみよう。元ロキシー・ミュージックRoxy Music)のギタリスト、フィル・マンザネラ(Phil Manzanera)が1975年発表したファースト・ソロ・アルバム「ダイヤモンド・ヘッド(Diamond Head)」の2曲目、「ダイヤモンド・ヘッド」だ。これがいい曲なんだなぁ。簡易ギターソロにアレンジ、キーはDメジャー。4/4拍子。





A G D
+ + + + + + + +
e:-9-7-5---7-5-3---|-2-0-----0---2---|
B:-----------------|-----3-----------|
G:---------0---0---|-----------------|
D:-----------------|-0---0---0---0---|
A:-0---0-----------|-----------------|
E:-----------------|-----------------|
C G D
+ + + + + + + +
e:-12108---7-5-3---|-2----------2--2-|
B:-----------------|-3---------3--3-3|
G:---------0---0---|-2--------2--2---|
D:-----------------|-0---0---0-------|
A:-----------------|-----------------|
E:-8---8-----------|-----------------|


 毎度お恥ずかしいアレンジだが、コード進行は、


V-IV-I-bVII-IV-I


 ドミナント(V)→サブドミナント(IV)→トニック(I)


 サブドミナントマイナー(bVII)→サブドミナント(IV)→トニック(I)


 となっており、1小節冒頭と3小節冒頭の「ドミナント」と「サブドミナントマイナー」の対比が見事なコントラストを形作っている。




 フィル・マンザネラはロキシー・ミュージック参加前はカンタベリー系のジャズ・ロックバンド、クワイエット・サン(Quiet Sun)に参加していた。このバンドからはディス・ヒートThis Heat)のチャールズ・ヘイワード(Charles Hayward)、マッチング・モールのビル・マコーミック(Bill MacCormick)らが在籍していた。「ダイヤモンド・ヘッド」には私が愛してやまないロバート・ワイアットRobert Wyatt)ほか、イーノ(Eno)や、元キング・クリムゾンイアン・マクドナルド(Ian MacDonald)、ジョン・ウェットン(John Wetton)、女性ヴォーカリスト、ドーリン・シャンター(Dooreen Chanter)らが参加しており、各人が色とりどりな曲を提供している。マンザネラは最近のロバート・ワイアットのアルバム(クックーランド:参照)にも参加していたりする。素敵なミュージシャンだ。スパニッシュの血のもとに生まれ、カンタベリーを経て、マンザネラがたどり着くダイヤモンド・ヘッドの風景が、このケーデンスで描かれているように思う。




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