「音楽美学」を読む【23】インクレディブル・ストリング・バンド





Incredible String Band


5000 Spirits Or Layers of the Onion







Judy Collins


Who Knows Where the Time Goes

 やっと、部屋の掃除が一段落ついた。野村良雄氏著「音楽美学」の章立ては

  • 第一章 音楽美学思想史
  • 第二章 音楽の形式
  • 第三章 音楽の内容
  • 第四章 音楽の様式
  • 第五章 音楽の実戦

の五章から構成されている。第一章は古代ギリシアからスタートして、哲学(or 宗教)と音楽の関係史、第二章は今まで読んできたように、和声と音階、及びリズムの研究。第三章は「絶対音楽」と「非絶対音楽」の対比、第五章は音楽に関する、作曲・演奏・批評・鑑賞行為の研究を行っている。




 第四章「音楽の様式」は

  • 第一節 個人様式
  • 第二節 時代様式
  • 第三節 国民様式
  • 第四節 世代の問題その他

から構成されるのだが、この第三節「国民様式」では、イタリア、ドイツ、フランス、イギリス、スペイン、スカンジナビア、ロシア、ハンガリー、バルカン諸国、アメリカ、日本…などなどの「音楽人種学」が展開されており、この部分が非常に興味深い。




 まずイギリスの部分から読み進んでみよう。

 イギリスではその民謡において非常に特色をもち、早くから三度の並行を用いたり、快い音響の多声楽を発達させ、パーセル(Purcell、1658〜95)のような大音楽家を出したにも拘らず、近代音楽に記述の三国(イタリア、ドイツ、フランス)のような貢献はしなかった。人はイギリス人が実際家で意思型であるということから、イギリス人の演奏でリズムは強調されるが、表情やディナーミクはないがしろにされると云うことを説明しようとする。そういう国民性もあるかも知れないが、イギリスの芸術音楽の不振は私見によるとカルヴィン主義的傾向の強いプロテスタント教会清教徒主義的にカトリック芸術音楽文化を否定したことに最も大きな文化的原因を求むべきではないかと思う。同じプロテスタントでもルター主義的なドイツではカトリック的イタリアやフランスと深く連関をもつ音楽がシュッツやバッハによってつくられていたのに、イギリスではそもそも音楽という芸術が好もしからざるものとされたり、オルガンさえも厳禁されることが珍しくなかったからである。

野村良雄著「音楽美学」より引用




 明示されていなくとも、私たちはここで語られている「民謡」=「カトリック芸術音楽文化」というキーワードが、ケルト(=アイルランドスコットランドウェールズ)の文化を指していることに気付くだろう。歴史の教科書でならったカルヴィニズムは確実にケルトの文化に影響を与えている。そして、西洋音楽史における失地回復運動として、プロテスタント主義的な音楽史への対抗勢力として”ロック”があるともいえる。それは、先日ビル・モンローを取り上げた際述べたように、一般的な西洋音楽に対峙された、ケルトとアフリカ文化からのアンチテーゼだったからだ。




 1960年代末期のアメリカのフォーク・ムーヴメントにもそれは象徴される。女性フォーク・シンガー、ジュディ・コリンズ(Judy Collins)が採り上げた曲に、「ファースト・ボーイ・アイ・ラヴド(First Boy I Loved)」という曲がある。これは、ケルトスコットランド)のバンド、インクレディブル・ストリング・バンド(Incredible String Band)の曲(原曲は男=ロビン・ウィリアムスン(Robin Williamson)が歌うため「ファースト・ガール・アイ・ラヴド(First Girl I Loved)」)であり、キーはDメジャー、非常にケルトらしい旋律を持ちコード進行は、


|4/4 D |D |C7 |Bm7|
|Em7 |Em7 |A7 |D|


I-bVII7-VIm7-IIm7-V7-I


 トニック(I)→サブドミナントマイナー(bVII7)→トニック(VIm7)→サブドミナント(IIm7)→ドミナント(V7)→トニック(I)、トニックから長二度下降してサブドミナントマイナーに進んだのち、短二度下降してトニックに戻った後、完全四度上昇を繰り返すという、非常に美しいコードパターンである。ここでもトニックからのサブドミナントマイナーにいたる流れが重要な進行であることを押さえておこう。




 以前採り上げたように、ジュディ・コリンズはケルトの女性シンガー、サンディ・デニー(Sandy Denny)をもメジャー音楽シーンに紹介していた。音楽史を追うことで、20世紀の音楽が一体何を埋めようとしたのか、20世紀に行われた帝国主義的侵略と移民の歴史が何を生み出したのかが見えてくる。




■関連記事:前回