グレゴリオ聖歌「キリエ」第4番





Gregorian Chant


Gregorian Chant, Christmas Chants







Anonymous, Gregorian Chant, Pierre De Breville, Bernart de Ventadorn, Folquet de Marseille, Alfonso X (el Sabio), Neidhart von Reuental, Tannhauser, Oswald von Wolkenstein, Adam de la Halle


LES TRES HEURES DU Moyen Age -A MEDIEVAL JOURNEY







Gregorio Allegri, English Anonymous, Samuel Barber, Hector Berlioz, Johannes Brahms, Geoffrey Burgon, William Byrd, Gregorian Chant, Gabriel Faure, Cesar Franck


Choral Moods

 恐らく現代に生きる私たちは心弱く、もっと祈らなきゃならないのだろう。




 昨年、JASRACから「歌詞の無断利用」と問題視された楽曲に、サンディ・デニー(Sandy Denny)「フォザリンゲイ(Fotheringay)」という曲がある。彼女はブリテンスコットランド出身で、ケルトの文脈から語られることがおおい才媛であるが、ローリング・ストーン誌でこのように評されたことがある。

 彼女は60年代末の画期的な英国のグループ、フェアポート・コンヴェンションのメンバーの1人。このグループは伝統的な英国の音楽と、ロックの楽器編成とを結合した。彼女の力強いヴォーカルはグレゴリオ聖歌にルーツを持つ。一方、フェアポート・コンヴェンションの鈍い、葬送行進曲風のビートは、英国国教会の音楽に起源をもつ。

講談社刊「ローリングストーン・レコードガイド」より引用




 先日、「カルヴィン主義的国教会の文化が、ブリテンカトリック音楽=ケルト音楽を抑圧した」ようなことを書いたが、文化の発展・形成史というものは一枚岩では行かないのだろう。ケルト音楽の代名詞ともなるフェアポート・コンヴェンションなり、サンディ・デニーの音楽は、ケルト文化だけを土壌として生成された音楽ではなく、その形成はプロテスタンティズムにも帰依していたりする。これも文化の懐の大きさを示す。




 個人的に高校生時代から上記言質が気になっていた。「彼女の力強いヴォーカルはグレゴリオ聖歌にルーツを持つ」と言われても、具体的にどのような部分が彼女の唱法に影響しているのか、ハッキリとわからない。そこで今日は、グレゴリオ聖歌「キリエ」第4番を聴いてみることにする(コチラで試聴)。キーはDマイナーとしてタブ譜化すると、



Am FM7 Am
+ + + + + + + + + +
e:---5-5-3-5-8-7-5-3-5-----|-5-3-----------|
B:-------------------------|-----6-3-5-----|
G:-------------------------|---------------|
D:-------------------------|---------------|
A:-------------------------|---------------|
E:-------------------------|---------------|
kyrie e-
C7 Dm Am C7 Dm
+ + + + + + +
e:---3-------3---------------|
B:-5---6-3-5---6-5-6-3-3-----|
G:---------------------------|
D:---------------------------|
A:---------------------------|
E:---------------------------|
lei-son-


 歌詞(kyrie leison)はギリシア語で、

 主よ、憐れんでください

 の意。キリエはローマ・カトリック教会のミサで歌われる祈りの歌で、日本のカトリック教会では「憐れみの讃歌」と呼ばれるようだ。ミサ通常文にはKyrieのほか、

  • Grolia(栄光の讃歌)
  • Credo(信仰宣言)
  • Sanctus、Benedictus(感謝の讃歌)
  • Agnus Dei(平和の讃歌)

などのジャンルがある。




 グレゴリオ聖歌は中世の単旋律聖歌。単旋律聖歌の特徴は、

1) 単声音楽 monophony である
2) 教会旋法に基づいている
3) 歌詞の抑揚に従った自由リズムで歌われ、拍節リズムを持たない
4) 音域は狭く、順次信仰が多い
5) 歌詞は、ローマ・カトリック教会公用語であるラテン語で書かれている
6) 初期は歌詞の上に旋律の抑揚を示す記号をつけることで記録され(ネウマ記譜法)、後に譜線と音符を用いた書き方で残されるようになった
7) 楽譜は残されているが、記譜法の細部は不明な点が多い。現在のカトリック教会のグレゴリオ聖歌の唱法は、19世紀に復元された唱法で、歴史的な伝統が保持されているわけではない
8) 6世紀、教皇グレゴリウス1世の頃にローマ教会の単旋律聖歌の集大成と統一が行われたところから、グレゴリオ聖歌と呼ばれるようになった。それ以前にはガリア聖歌(フランス)、モサラベ聖歌(スペイン)、アンブロシウス聖歌(ミラノ)、ビザンツ聖歌(東方教会)など様式の異なる聖歌が存在していた

※坂崎紀氏編著「西洋音楽史」より引用




 とされる。(3)のため上記タブ譜は拍節リズムを持たない。(1)=単声音楽であるため本来和音を伴っていないのだが、コチラの音源で伴奏しているオルガンの演奏、ベースラインをサンプルとして和声解釈してみた。本来はAマイナー→Dマイナーの2コードだけで何とかなるところに、


 IVm-bIIIM7-IVm-bVII7-Im-IVm-bVII7-IVm


 と、サブドミナントマイナーbVII7=C7を挿入したかたちになっていると思う。基本はサブドミナントマイナー(IVm)とトニックマイナー(Im)のI-IVヴァンプで構成されていて、黒人ゴスペル音楽へといたる「I-IVヴァンプ=アーメン音楽」のとてつもなく長い歴史を感じることができる。




 (2)の「教会旋法」であるが、この曲はD(=レ)で終止するため、第一旋法(=ドリア)であるようだ。ドリアは、勿論チャーチモード(=教会旋法)のドリアン(Dorian)で、

  • D(=I、レ)
  • E(=II、ミ)
  • F(=bIII、ファ)
  • G(=IV、ソ)
  • A(=V、ラ)
  • B(=VI、シ)
  • C(=bVII、ド)

の音階。ジャズのマイナー曲でも最も汎用性の高いスケールだ。




 厳かなグレゴリオ聖歌を聴いてみると、サンディ・デニーの「Quiet Joys of Brotherhood」
などの唱法が確かにソレをルーツとしていることが解るとともに、中世音楽が1000年以上の時を経て、現代ポピュラー音楽に与えている影響の深さを感じることができる。




■関連リンク:Kyriale

■関連記事:前回 サンディ・デニー「フォザリンゲイ」